社畜ちゃん人生fail 第一話

「Hello, World!」

 この文字列を入社後の研修で初めて表示できた時はとても嬉しかったことを今でも覚えている。直訳すれば「こんには、世界!」というなんとも間抜けな言葉だが、それでもプログラミングの世界への一歩を踏み出せたことに感激した。

 

――――――今となってはそんな一歩は踏み出したくなかったのだが。

 

 

 まず自己紹介をさせて貰おうと思う、名前は…本名を名乗るのも何なので、プログラマー時代に周りから呼ばれていた「社畜ちゃん」と名乗らせて貰う。先程、プログラマー時代と言った通り、私はもうプログラマーではない、ある事情で退職した。その退職理由というのはプログラマーによくある話で、長時間労働によって精神に異常をきたし始めたのである。精神疾患を会社に報告し、休みを貰うというのは非常に勇気がいる。周りからの偏見はもちろん、出世にも響くし、生命保険にも入れなくなるだろう。

―――そして女性として一番辛いのは結婚に響くだろうということである。精神疾患というのは非常に辛い、前まで普通にできたいたことができなくなる、思考がなかなかまとまらず、簡単な仕事すらできなくなる。それでも、私は涙を流さなかった。しかし、精神疾患歴が結婚に響くということが脳裏に浮かび上がった瞬間、私は涙が止まらなくなった。もう私は普通の女として幸せになることすらできないのだ…と思うと、また涙の量が増えた。

 会社に精神疾患を報告し、暫しの傷病休暇をもらった私は精神科に通い、療養に専念した。その結果、3ヶ月程度で時短勤務なら職場に復帰しても良いという許可が医師から出た。時短勤務とはいえ職場に復帰できるのは嬉しかった、後輩ちゃん、同期ちゃん、先輩さん、バイトちゃん…みんなとまた働けるのは嬉しかった。

 そうしてまた職場に復帰したわけだが、昨今の会社というのはどこも人手不足である。時短勤務で復帰など名ばかりでフルタイム労働者とほぼ変わらないくらいの労働を課された。その結果、寛解しつつあった精神疾患は再発した。医者の言うことを聞かなければ治るものも治らない。

 周りのみんなは優しかった。先輩さんは自分の業務を増やしてまで私の業務を肩代わりしようとしてくれたし、同期ちゃんは何かと気をつかってくれてよく声をかけてくれた。後輩ちゃんは生来の不器用さから何をすればいいのか戸惑っている様子だったがその優しさは伝わってきた。―――そうして、みんなの期待に応えられない自分がもっと嫌になった。

 精神疾患がぶり返しても、周りに迷惑を掛けまいと無理に出勤し続けた。その結果、精神疾患によって、まともに仕事ができないにもかかわらず、長時間デスクに向かっている無能が誕生した。

 先にも言った通り、昨今の会社はどこも人手不足である。中小のソフトウェア企業であればなおさらだ。そんな中、病気によって無責任にも休むやつが存在したら…???答えは簡単、元々限界に近かった業務を更に増やして帳尻をあわせるまでである。そういった状況が続くとはじめは優しかったみんなもだんだん限界が近づいてくる。他者に優しくできるのは自分に余裕のある人間だけなのだ。

 先輩さんは常にイライラし、私に対して刺々しい態度で接するようになる。同期ちゃんは自分との関わり合いをできる限り避けようとしてくる。後輩ちゃんは私が人間として欠陥品であることを見抜いたような目で見てくる。

 そんな生活を繰り返し、とうとう出社できい精神状態まで追い込まれてしまった。もう傷病休暇もほぼ使い果たし、職場の人間関係も修復不可能となってしまった私は逃げるように退職届を上司に出し、退職した。